TAP JAM CREW と日本のストリートシーン

 2010年、渋谷のストリートに突如現れたセッショングループ。

行きかう人々は足を止め、そのパフォーマンスに見入る。

人々の輪は広がっていき、いつしか約1000人もの観客で渋谷は埋め尽くされていた。

 

 彼らの名前はTAP JAM CREW。今回そのリーダーであるタップダンサーのSHUNさんに、TAP JAM CREWの始まりから現在、未来についてお話を伺った。その発端は2007年、SHUNさんが自身のタップダンスの大先輩ご夫妻に頼まれて企画したイベント、TAP JAM@蒲田だという。当時日本ではまだセッションというスタイルは確率されておらず、「日本でも自由にセッションできる場所を」という大先輩の言葉を受け、ジャンルレスのセッションイベントを蒲田で企画した。当初はパフォーマーも少なく、お客さんゼロも珍しくなかったという。しかし噂が噂を、人が人を呼び、徐々にタップダンサーやダンサー、ミュージシャン、ヒューマンビートボクサーなど、多ジャンルのパフォーマーが集まってきた。そして2010年、その場にいたメンバーで結成したのが、TAP JAM CREWである。

日本最大のジャンルレスセッショングループであるTAP JAM CREWのメンバーの数は現在約200人。だがその200人が一堂に会することはなく、イベントごとに参加できるメンバーが集まり、リハーサルなしの即興パフォーマンスを披露する。個性的だが世界で通用するパフォーマーが集まり、自分のグループを持った上で趣味として所属している人もいれば、そこで稼ごうとしている人など所属理由は人それぞれ。だがTAP JAM CREWの誰でもウェルカムなスタンスは結成当初から変わっていない。“Make Smile”をモットーに、ダンスイベントから政治関係、選挙のイベント、最近では小中学校でのスクールコンサート活動とその幅は計り知れず、まさに神出鬼没。そして近年、彼らに影響を受け新たなセッショングループが生まれ始めているが。だがSHUNさんはTAP JAM CREWにはあって他にはないものがある、と断言し、元ダンサーのドラマーがいることを教えてくれた。彼自身踊ることができるからこそ、どのジャンルのダンサーが出てきてもその人が得意とするジャンルや音を出すことができる。彼がいることで、TAP JAMCREWは誰にも真似することのできない唯一無二のスペシャルなグループになるのだ。そしてもう一つ、セッションしていく中でこれまでのダンス界では得ることのできなかった力をダンサーたちが取得していることも教えてくれた。本来、ダンサーたちは自ら音を出すことができない。故にこれまでダンサーたちは既存の音に合わせて踊るしか選択肢がなかった。しかしセッションすることでダンサーたちが徐々に自分が生きるスピードやジャンルの音をミュージシャンに要求することができるようになっていった。つまりダンサーたちが意思表示して踊り、ダンサーとミュージシャンが互いを試し、高め合うことができるようになったのだ。SHUNさんはTAP JAM CREW単体のショーをいつかやりたいと言う。普段のイベントでもらえる持ち時間はせいぜい40分ほど。その中で見せられる可能性は限られている。しかし単体のショーならば、各ジャンルのパフォーマーの持ち時間も増えより多くの可能性を見せることができるのだとか。

 「今後、音楽著作権の問題でカバー演奏などが簡単にできなくなり、ライブ中心の活動が増えて機械編集に頼らない本当の実力が求められてくる。そうなった時、本当の実力を持った人が売れる時代になるだろうし、そうなってほしい。また不特定多数に見てもらうためにはメディアやストリートでのパフォーマンスが重要になってくる。でも最近はストリートの取り締まりが強化されてきているし、メディアでの露出のチャンスを掴める人も限られている。チャンスのない人たちが知ってもらう手段としてやはりストリートが一番だと思うから、是非とも東京オリンピックまでにはストリートの取り締まりも緩和してほしい。」

 TAP JAM CREWは常にオリジナルであるために、今日も模索し続けている。